『ぼくたちはきっとすごい大人になる』(有吉玉青)を読みました。
「イン・ザ・ベイスメント」「悪い友達」「一心同体」「∮ シュルッセル」「ママンの恋人」「ぼくたちはきっとすごい大人になる」の6編が収められています(4編目はト音記号ですが、径路積分記号で置き換えました)。どの短編も小学生が主人公で、子どもの視点から描かれています。
さて、「子どもの視点」というとイノセントなものを想像しがちですが、この作品を読んだ僕の感想もイノセントなものでした。大人には見えていない(と大人が想像する)無垢な子どもの世界、というようなものが描かれているような気がして、ちょっと不満です。もちろん子どもには子どもの世界があるのでしょうが、それは大人の世界とそれほどかわりはないのではないか、などと僕は思うのです。無知が想像を招き、想像が現実に変わるような世界だとは思いますが、だからといって見ている世界が違うわけではありませんし、仮に違う世界なのだとしたら年齢にかかわらず視点の数だけ違う世界を想定しなければ理屈に合いません。大人の世界がわからなければ、わからないなりの理解をしたのではないかな、と僕の記憶は言っています。
当然のことながら、常識という思考回路ができあがっていない時には新鮮な感覚で情報を処理していたとは思うのですが、何というかもやもや感が残り、『ツ、イ、ラ、ク』の子ども描写のようなもののほうが好きです。
2009-02-12
『ぼくたちはきっとすごい大人になる』
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿