2008-12-10

『老ヴォールの惑星』

老ヴォールの惑星』(小川一水)を読みました。

本書には「ギャルナフカの迷宮」「老ヴォールの惑星」「幸せになる箱庭」「漂った男」の4編が収められています。それぞれに違った味わいがありますが、作者はとことんまで楽天的というか、人間性に信頼を置いているのだな、という感想を持ちました。

例えば「ギャルナフカの迷宮」ですが、(以下少しネタバレのため、文字色を変えます)極限状態の環境で相互扶助を基本とした社会秩序を人間が作りあげています。歴史的な人間観からすると、これは大いに反論を招くかも知れません。原始状態の人類社会がはたしてどれほど理性的であったのかは、万人の万人に対する闘争(まあこれだって理性的とも言えます)と位置づける人もいるでしょうし、長期反復型のゲームでは協調行動が最適解という人もいるでしょう(ちなみに僕はこの意見に与します)。その他の短編でも、人間の色々とした理不尽なところがあまり出てこないのです。

読んでいて爽やかな気分になれるのは、当然素直な善人ばかりの物語でしょう。それでもどうしようもなく利己的なのが人間であり、自分の利益のためにはかなりの悪事もはたらくのが歴史的教訓です。暗い話を読みたいわけでもないのですが、徹底的にすっきりとした話ばかりというのも少し考え物だな、と思ってしまいました。

それはさておき、作者のSFは未読作品のほうが多いのですが、いかにも物理学的に説明のつけられそうな、本当にSFっぽいところが好きです(とはいうものの物語ですから無理もそれなりにあります。例えば「漂った男」など、生命反応を探知する方法くらいならたくさんありますし)。きっと入念な取材をなさっているのだろうなと想像させられますし、お若いのに(僕より少しだけ年上です)大したものだと感心させられることしきりです。

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