2008-12-15

『くらやみの速さはどれくらい』

くらやみの速さはどれくらい』(エリザベス・ムーン)を読みました。

21世紀版の『アルジャーノンに花束を』だという話を聞いて読んでみたのですが、僕はかなり違う毛色の作品だと感じました。『アルジャーノン』のような知的障害者の知能的成熟とその衰えという曲線を描いてはいません。主に自閉症者である主人公の視点から語られてるところは似ていますが、その主人公を取り巻く環境はまさに現代社会にも見られる様々な障害者に対する態度に満ちています。そして主人公はおそらくサヴァン症候群と思われるように、特定の領域において特異な才能を持っています。

自閉症の治療、ひいては障害の矯正に対して、真摯に向き合った作品であるという点では、僕は『アルジャーノン』よりも本作を推したいです。『アルジャーノン』では知的な成熟は「よいもの」のような描かれ方をしていたような記憶がありますが、本作ではそのような視点はありません。現代の障害者団体がいうように、障害はその人に備わった個性であり、障害そのものを受け入れながら社会や常識との摩擦を少なくしていくというスタンスに立っているように思われます。そのスタンスに立ちながら自閉症者の視点から世界を眺めるというのは実に想像力を刺激されます。

私事ですが、僕は養護学校教員の資格を持っています。社会運動の調査のため、障害者団体に深く関わっていたこともありますし、障害者の介助経験もそれなりにあります。僕の姉はいわゆる知的障害者ですし、僕自身も以前は「障害者」のカテゴリーに属していました。そうした知識や経験を通してみても、本作は近い未来の話として充分に納得のいく記述で、映画の「レインマン」のような現実離れした描き方ではありません。そうした自閉症者の視点から、本作で描かれる「健常者/障害者」という区分へのささやかな疑問も、はたして人間性とはどのようなものかという探求も、そのまなざしを通す事によっていっそう深みを増していると感じました。

隠喩に富むタイトルの「くらやみの速さはどれくらい」という主題も、色々なバリエーションで展開され、それぞれのバリエーションで考えさせられましたし、話の終末も意外とは言えませんがどこなくすっきりはせずに、広がりがもたらされています。とにかくこの本は、僕にとっては読んでよかったと思える作品でした。

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