2008-02-13

狭い世界

僕の幼いころ、「狭い日本、そんなに急いでどこへ行く」という標語が巷間にのぼっていたが、僕はこの標語が嫌いだ。僕は日本や世間が予想以上に狭いと感じたことは、これまで一度としてない(狭いと感じたとしても、予想した程度にしか感じない)。日本は僕の行動範囲よりもはるかに広く、僕の世間は2億6千万の瞳のうち、きわめてわずかしか知らない(思えば当時はずいぶん矛盾したことを言っていたものだ。例えば先の標語は「ディスカバー・ジャパン」というキャッチフレーズとは真っ向から対立する)。

しかし実際に、世界は僕が思うより狭い。1929年にカリンティ・フリジェジュが考えたことだというが、世界中の任意の誰かから任意の誰かにたどり着くには、仲介者を5人はさむだけでよい、という。たどり着くまでには6人必要なのでこれを「六次の隔たり」と呼んだりする。これはスタンリー・ミルグラムの実験によってもある程度は確からしいことが結果として表され、注目を集めた。最初にソーシャルネットワークサービスを開始したとよく引き合いに出されるSixDegrees.com(本当に最初かどうかはわからないが、初期であることは間違いない。ほかにも1995年にサービスを開始したClassmates.comがある)やGREEの名前の由来は、この「六次の隔たり」にある。

ミルグラムの実験はアメリカで行われたから平均約6人という結果になったけれども、その後の実証実験については寡聞にして知らないし、僕の感想では実験が成立する条件もどうやら曖昧なようだ。ただ6人かどうかはわからないけれども、数えられないほど大きな数ではないことは確かだ。

ところが、これを実感することはめったにない。例えば喫茶店でたまたま隣り合ったひとが僕の「知り合いの知り合い(の知り合いetc.)」である可能性はそれなりに高いはずだけれど、日常的に振舞っていたらおそらく知りえない情報だ。

日本では平均的な知人の数は130人程度といわれている。しかしこの知人の数は均一に散らばっているわけではない。「知り合いの知り合い」の見込み数は130^2の16,900だけど、人間がかぶる率はそのネットワークが密になっている度合いに応じるし、当然ながら行動範囲にもよる。僕が茨城県北部のハンバーガーチェーン店に入った場合と、東京都心部のコーヒーチェーンに入るのでは、おそらく後者のほうが知り合いに出会う確率が高い。

いろいろな可能性を考えて、僕が「知り合いの知り合い」でつながっていそうな人の出没しそうな場所と時間を入念に選んでも、当たり前だけれど、隣に座った人と会話が弾む場面などそうはない。仮に話が弾んだとしても、僕の特定の「知り合いの知り合い」について話をする確率は低いし、その「知り合いの知り合い」を相手が知っていなければならない。よく「世間は狭いね」というせりふを耳にするが、狭い世界を偶然実感したにすぎない。狭い世界を実感するためにはかなりの博打を打たなければならないけれども、その程度の博打なら日常的に行っている、ということだ。ある特定の機会にその偶然を狙うことは難しいが、連続して続いているゲームではまま起こることである。

ことによると共通の「友達の友達」がいるけれども、その偶然を知らずに、黙って隣同士でコーヒーを飲む。どことなく詩的な情景ではないかと感じてしまう僕がいる。

2 件のコメント:

ken さんのコメント...

>日本では平均的な知人の数は130人程度

そんなにおらへんですよ・・結婚式で50人呼ぶのも大変。

>ある特定の機会にその偶然を狙うことは難しいが、連続して続いているゲームではまま起こることである。

その通りですね。確かに連続してチャレンジしてたら、10回に一回か100回に一回か分からないけど、ないことはないでしょう。
めったに出会えないからこそ、「広い世界」だなあというべきでしょうね。でもそれって何か寂しいです。
広すぎる世界だから、ようやく巡り合えたことの偶然、ハッピーな思いを人は「狭い世界」というのではないでしょうか。

>ことによると共通の「友達の友達」がいるけれども、その偶然を知らずに、黙って隣同士でコーヒーを飲む。どことなく詩的な情景ではないかと感じてしまう僕がいる。

映画やドラマみたいでいいですね。出会ってるけどすれ違ってる、みたいな。

昔、新宿伊勢丹でエスカレーターを上っていると、向かいの下りのエスカレーターで高校の友人に遭遇したことがあります。ただ旧友に出会っただけですけど、個人的にはかなりの奇跡な出来事でした。エスカレーターがお互い反対の方向に進んでいましたから、なおさらでした。

asm さんのコメント...

kenさん、コメントをありがとうございます。

> 結婚式で50人呼ぶのも大変。

知り合いのネットワークはスケールフリーネットワークになるようですので、極端なばらつきがあるわけです。日本人の平均給与と同じようなもので。

> 映画やドラマみたいでいいですね。

そういうベタな映画は多いですね。「セレンディピティ」なんてまさにそれですし。

そういえば人工生命の研究をやっている知人が昔、遠距離恋愛と近距離恋愛での成就可能性の違いを(遊びで)計算していたことを思い出しました。