2009-02-16

『サブリミナル・インパクト』

サブリミナル・インパクト―情動と潜在認知の現代 (ちくま新書)』(下條信輔)を読みました。

俗説ですが、映画のフィルム一コマに「コーラを飲もう」という映像を入れておくと、意識化でそのメッセージが伝わって、上映後にはコーラを飲みたくなる、というような話がありました。僕がそれを聞いたのは中学生の時でしたが、心底怖くなりました。もっともこれは信憑性が非常に薄いし、再現もできないそうですから、なんちゃって科学の類でしょう。本書はそういったオカルトチックな話ではなく、認知神経科学における潜在知覚の話です。

目次
序章:心が先か身体が先か 情動と潜在認知
第1章:「快」はどこから来るのか
第2章:刺激の過剰
第3章:消費者は自由か
第4章:情動の政治
第5章:創造性と「暗黙知の海」


とても多岐にわたる内容と充実した記述で、簡単にはまとめられないのですが、大変面白かったとだけは言えます。人間の活動は顕在的意識によって決定されるという、つまりは近代的な人間観がベースとしてきた「合理的で理性的な個人」というのは実際のところかなり怪しい概念で、情動や周囲の環境が大きく意志決定に影響を与えている、という事でした。これは概念的な話ではなく、実験と観察によって確認されているので読み応えがありました。

その上で現代社会を見るとどんなことが言えるのかという話まで含んでいます。マーケティングやら政治やらの世界では当たり前のことになっていますが、繰り返し同じ情報にさらされていると、その人はその情報に重み付けをしてしまいます。TVCMしかり、街頭演説しかり。そうした過剰な情報にさらされた場合の自由意志とはどのようなものか、周囲からの情報によって人はどのように影響を受けるのか、といったことを説明しています。情報操作される危険性という話ではありません。あくまで人間の活動がどのようになっているかという話ですので、善悪の判断はしていません。

そしてさらに人間の創造性の根拠を、これは仮説ながらも披露しています。発見というものが「知らないことを内発的に知るようになる」ことだとしたら、そこにはパラドクスが生じます。こうしたパラドクスの生じる原因として、デカルト的な人間観があるというのですね。それに対してスピノザ的な人間観のように、まずは環境と身体の相互作用があり、それから身体的あるいは情動的な基盤の上に精神が構成されていると考えると、パラドクスは生じません。マイケル・ポランニーが主張した「暗黙知」を踏まえて、認知心理学的にはそのような人間観をとるようです。

全編を通して、仮説は仮説として、またわかっていることははっきりと書かれていますので、不満や不消化はありませんでした。それに著者の語り口がとてもチャーミングですので、ついつい引き込まれてしまいます。大満足です。

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