2008-07-15

小説の感想5冊分

最近読んだ小説の感想を。

・『夜のピクニック』(恩田陸)
遅まきながら読んだので僕が紹介するまでもないことでしょうが、朝の8時から明朝8時まで歩く(走る)「歩行祭」を舞台にした青春物語です。こういう作品を読むと、恩田さんは上手な小説家だな、と思わされます。はずれなし、って感じですね(上から目線)。

僕の出身校でも似たような行事がありました。40キロを8時間以内というように、距離と時間は大幅に短いけれど、やっぱりこの作品に出てくる身体的・精神的な感覚は作品の描写と似た感じで、その頃のことを否応なく思い出させられます。高校生なりの成熟ぶりや未熟ぶり、繊細さと鈍感さなど、読んでいて恥ずかしくなるくらいに身につまされました。もっとも舞台装置が似ているというだけで、男子校だったので甘酸っぱいドラマは(たぶん)展開されなかったけれど。

高校生らしい付き合いを上手に描いているなと感心したところを引用します。

普段は、二人の会話は雰囲気だけで進んでいく。言葉の断片だけがやりとりされ、二人が描いている絵は周囲の人間には見えない。

そこに林檎があるとわざわざ口にしなくても、林檎の影や匂いについてちらっと言及さえしていれば、林檎の存在についての充分な共感や充足感を得られるのだ。むしろ、林檎があることを口にするなんて、わざとらしいし嫌らしい。そこに明らかに存在する林檎を無視するふりをすることで、彼らは一層共感を深めることができる。そのことを、二人は誇りにすら思っていたのだ。


・『後宮小説』(酒見賢一)
僕が紹介するところなどありませんが、中国のような架空の世界のファンタジーです。いけしゃあしゃあと歴史小説のような書き方をしていますが、みんなでっち上げ。史実に基づいていませんし、1600年ごろの中国の風俗など明らかに無視していますし、漢文調で引用される文献も「民明書房」のようなものです。

ですがそのからりとした破天荒ぶりに笑わされます。暇だったから反乱を起こすとか、偶然勝ち進んでしまう「混沌の役」とか、興味本位で後宮に入る主人公とか、「たると」とか、単純に面白おかしいです。欲を言えば、僕としては「角先生」の講義をもっと詳しく描いてくれるともっと面白かっただろうな。

・『家守綺譚』(梨木香歩)
とても綺麗な小説です。時代は明治中頃、家を預かった家守(いえもり)と万物の精霊、八百万の神々、太古の昔から親しまれてきた人ならぬものたちとのふれあいが、まるで昭和初期のような筆致で描かれます。といっても単純にファンタジーであるとか、魑魅魍魎の話だとかではなく、身の回りにあふれる自然との優しい対話のような話です。

読みながら美しい言葉と美しい登場人物たちとに惹かれました。僕はせっかちな読者なので大抵の本は速く読んでしまうのですが、この本はゆっくりと読むのにふさわしいと感じました。

この物語の考え方を最もあらわしているな、と思ったところを引用します。

最近筆が進まなかった。執筆にはペンとインキを用いているのに、筆が進まないとは。しかしペンが進まないと云うより、筆が進まないと云うほうが、精神の在り方に即しているような気がする。思うにこれは、千年以上慣れ親しんだ筆硯から、ペンとインキへ移行するのに、我々の魂が未だ旅の途上にあるためではあるまいか。

文明の進歩は、瞬時、と見まごうほど迅速に起きるが、実際我々の精神は深いところでそれに付いていっておらぬのではないか。鬼の子や鳶をみて安んずる心性は、未だ私の精神がその領域で遊んでいる証拠であろう。鬼の子や鳶をみて不安になったとき、漸く私の精神も時代の進歩と齟齬を起こさないでいられるようになるのかもしれぬ。


わかつきめぐみさんの比較的新めの漫画を思い出しました。どことなく似ている。

・『上弦の月を喰べる獅子〈上〉』『上弦の月を喰べる獅子〈下〉』(夢枕獏)
なんとも感想の書きにくい幻想小説です。螺旋収集家と宮沢賢治、そして仏教的宇宙観を描いている小説である、としか言いようがありません。

そもそも僕は仏教徒のつもりでいて、それなりにその世界のことには通暁しているつもりでいるのですが、それでもなお宇宙観といった獏としたものに関しては殊更言葉を費やせないでいます。それがストレートに、きっちりとした構造を持って、豊富な比喩を持って描ける小説に出会えることは幸せなことともいえますし、不幸せであるともいえます。

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