2008-07-29

ポル・ポト 死の監獄S21

ポル・ポト 死の監獄S21
ポル・ポト 死の監獄S21―クメール・ルージュと大量虐殺』(デーヴィッド チャンドラー)を読みました。ポル・ポト政権唯一の監獄である、S21と呼ばれる施設に残された大量な資料の精読や関係者へのインタビュー、先行研究などを総合して、S21で何が行われていたかを詳説した本です。

その監獄はというと、粛清(ターゲットを選び出す)された人たちを尋問し、拷問し、文書化し、報告し、殺害し、次の粛清対象を選ぶ機関です。国家に対する罪を問われた14,000人の人たちが連行され、数千人が拷問され、ほとんどの場合まったく犯していない罪を自白して、7人を除いてすべて殺害された施設です。ナチスのアウシュビッツとの類似性も指摘されているようですが、大きく異なるのは尋問し、記録する、というところです。

なぜ尋問し、記録するのか。ターゲットとして選び出された段階ですでに99.95%の人間は処刑されることになります。非常に膨大な供述書が残されている理由として考えられるのは、著者によると、

  • S21で働いていた職員たちが身の安全を図って、できる限り詳しく政権の「敵」を分類調査し、自分たちが一生懸命働いた証拠とする(職員であってもいつ囚人に変わるかわからない)。
  • 監獄の管理者たちが自分たちの愛する党への裏切りがなぜ起きたのか知りたい。
  • 囚人たちが長々と供述することによって、できるだけ処刑を先延ばしする。

また、供述書はまだ書かれていない共産党の壮大な歴史の材料を党本部に提供するために集成された、という考え方も述べられています。

どのようにして尋問するのか。罪など犯していない人たちを罪人にするには自白か証拠のねつ造くらいしか方法がありません。この自白のテクニックは中世スペインの宗教裁判や 17世紀の魔女狩り裁判、1790年代のフランス恐怖政治と似ています。精神分析と同じように、尋問する側は何を探しているかわかっている(あるいはわかっているふりをする)一方で、尋問される側は、自分が何を「隠している」かわからない。こうして拷問や洗脳的な各種圧力を加えることによって、自分がどのような罪を犯したかを自白する、という仕組みです。

初期はスターリンの大粛清や中国の文化大革命のように、政治的理由から粛正対象が選ばれたようですが、そのうち芋づる式に何が罪なのかわからないような人たちまで囚人とされたようです。党中央部から見れば「敵」は内部にも無数にいて、それらを浄化しなければ革命は継続されない、というわけです。

残虐性が問題なのではありません。20世紀に行われたほかの多くの大虐殺と同じように、合理性や機能性が問題なのです。本書でも頻繁に引用されているミシェル・フーコーの『監獄の誕生』の冒頭に、中世フランスの公開処刑の描写がありますが、そうした見せしめのための処刑(フーコー流に言うと「君主の報復」)はポル・ポト政権以前にはカンボジアで行われていたようですが、このS21ではすべては秘密裡かつ合理的に処刑が行われていたようです。

なぜこのような施設が機能していたのか。こうした問いには、僕はまだ答えられません。本書ではいくつか示唆されていますが、とりあえず本書の終わりの文章を引用します。

「よく言われるように、すべてを理解することは、すべてを許すことにほかならない。だが、それはわれわれが本当に求めているものだろうか。恐れがあるから、こうした反応になる。それは、悪人が自分たちと根本的に異ならないことを知って感じる恐れなのだ。」

S21のような現象を説明することは、互いに命令し、従い、よそ者に対してスクラムを組み、グループ内で自らを見失い、完全さと承認を欲しがり、怒りや困惑をあらわにするといったわれわれの行動を説明することである。とりわけ、自分が尊敬する人物から、他の人々、それも多くの場合無力な人々に対してそうするよう勧められたと時、どんな行動がとれるか。S21で連日繰り返された悪行の根源を探すには、われわれは自分自身を見つめなければならないのである。

0 件のコメント: