2008-09-02

グラン・ヴァカンス

グラン・ヴァカンス―廃園の天使〈1〉』(飛浩隆)を遅まきながら読み、すごいSF的世界に圧倒されました。ただし、設定には少しSF的古さも残っています。

ネットワークのどこかにある仮想リゾート「数値海岸」の一区画で、人間が訪問しなくなってから1000年、AIたちは正体不明のプログラムである「蜘蛛」に襲撃される、というのが本書のあらすじです。これだけだとなんだかありきたりの使い古された設定に感じられますが、著者自身が書いているように「清新であること、残酷であること、美しくあること」を心がけて書かれた本書は、使い古された設定がとても新しく感じられます。

さて、陳腐なファンタジー作品は常に「ミドルアース(中つ国)」を再発明しようとしてしまいます。すでに指輪物語で完成された世界をもう一度作り直して新しい世界をつくろうとする、車輪の再発明のような努力をしてしまい、結果としてミドルアースには及ばない世界が出来上がる、という感じです。

本書はファンタジーではないけれども(とも言い切れないけれども)、はたして車輪の再発明だったのか。僕は決してそうは思いません。古い皮袋に新しい酒を入れている感じがしました。もっと単純な感想としては、グロテスクで、美しくて、切なくて、優しくて、残酷で、救いようがないです。基本的には闘争の話で、主人公たちは圧倒的な力の差でやられてしまいます。

そういえば高校生のころ、現代文の教師が「小説は読みはじめがつらい」といっていました。その世界にまだ没入できないうちは、手探りで世界を自分のなかに構築しないといけないからでしょう。その意味では本書はつらい本でした。世界がファンタジー作品のように完結していて、ネットワーク上のAIたちが主人公というように現実離れしているからです。僕ははじめのうちは人工生命を研究している友人に教えられた世界観をイメージしたり、自分の持っているコンピュータの知識を総動員しながら読んでいましたが、読み進めるうちに本書の世界に対する理解が深まり(魔法的な説明不可能なこともありますが)、世界を自分のものとすることができました。そうなるともう抜け出せません。冥府魔界とはこういうのを指すのでしょう。

3部作らしいので、次を読みたくなりました。

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