2008-09-12

ユルスナールの靴

ユルスナールの靴』(須賀敦子)を読みました。考えてみたら、僕はユルスナールの作品も須賀敦子さんの作品も読んだことがなかったのですよね。

全編これユルスナールとそれにまつわる須賀さん自身の身辺雑記です。一人の作家に対してこれだけ思い入れることができるのは相当なものですが、意外にも須賀さんはユルスナールの作品に触れるのは遅かったそうです。気にはなるけれどもなかなか近づけない人、という感じですかね。風の噂でその人の便りは聞くけれども、気にはなりつつ、かといって踏み込んでいくこともできない。そういう人には、恋愛小説ではそのうちどっぷりとはまるのが常道です。恋愛小説に例えるのも失礼ですが。

文章は見事の一言に尽きます。どこで須賀さんが話をしているのか、ユルスナールが話をしているのか、だんだん錯覚を起こしてしまうくらいです。ユルスナールのエッセイなのに、立派な評伝ともいえますし、作品解説ともいえます。情景の描写なども抜群で、清心のお葬式やローマ・ギリシャの遺跡や、赤い芥子の草原など、とても視覚化しやすいうえ、文章の口当たりも優しくまろやかです。その上込み入った文章技法を使っていないのですから大したものです。

きっと須賀さんの中にはずっとユルスナールが棲んでいたのでしょう。身辺の事柄を通してユルスナールを語るという離れ業をやってのけながら、はじめて読む僕にさえユルスナールや須賀さんの人柄や作風が垣間見えてしまうのですから。

というわけで、どうという刺激はないけれども噛むほどにおいしいという類の本でした。

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