2008-10-29

『「負けるが勝ち」の生き残り戦略』

「負けるが勝ち」の生き残り戦略―なぜ自分のことばかり考えるやつは滅びるか (ベスト新書)』(泰中啓一)を読みました。

タイトルだけ見るとまるで経営論か自己啓発本のような印象を受けますが、本書の中心部分は「生物進化をゲーム論的モデルでシミュレートすると、長期的には利他行動が最適解となるケースがある」という内容です。

ですが、生物界はそんなに単純な系ではありません。本書の中でも述べられているように、複雑系の短期予想は比較的容易だけれども、長期予想はほとんど不可能です。そのために本書は上記のような内容のみではなく、かなり雑多な内容からなっています。

目次を引用します。

第1章 スキャンダル候補が選挙で生き残る
第2章 じゃんけんゲーム
第3章 進化とは最適化のプロセス丕ケ丕ケ自然選択ということ
第4章 「負けるが勝ち」の進化論
第5章 近親婚を避ける生物界のシステム
第6章 なぜ男の子の出生率が高いのか


第1章では複数者間のゲームでの、外的要因による影響を短期的に予想する際のパラドキシカルな例を紹介しています。第2章では循環的バランスの中での平衡状態をモデル化するために、集団の中の2者間でゲームが行われる条件を「気体分子モデル」でのグローバル相互作用と「格子モデル」のローカル相互作用とでシミュレーションを比較すると、ローカル相互作用が働いているとみなすほうが自然界にはより順当なモデルであろうということが書かれています。第3章では自然選択の例をあげ、自然界での「サバイバル・オブ・フィットネス」、つまり生物種が環境にどのように適応してきたかを説明しています。ここでは本書の主な内容とは反対に、集団選択(利他行動)よりも個人選択(利己行動)が優先される例をあげています。第4章は本書の題名ともなっている内容で、利他行動が最適となるシミュレーションを紹介しています。第5章と第6章では「最小生存個体数」をめぐる戦略と「進化的に安定な戦略」「進化的に持続可能な戦略」を紹介しています。

つまり、本書は各章でかなり独立した内容となっていて、それぞれ短い論文やエッセイを集めたような構成の本です。各章間の整合性はそれほどなく、少しばらばらな印象も受けますが、生物の進化や生き残り戦略という複雑な現象を扱うにはひとつの小さな部分を取り出しても複雑系を説明することはできませんので、しょうがないことだとは思います。

それでも本書は内容が多岐にわたるのに記述量が少なく(新書ですから仕方ないですが、それでも本書は167ページしかありません)、説明不足の感も否めません。わかる人にはゲーム論の説明など不要ですし、わからない人にはこれだけの説明では足りないでしょう。詳しくは筆者の論文を読めということでしょうが、あまり親切な本ではありませんでした。出版物としてみると、ターゲットとしている読者層がよくわかりません。

それでも面白いと思ったのは、やっぱり中心となる内容が優れているからだと思います。こうしたモデルを生物種の進化に適用させるのも面白いけれども、人間の相互行為にも、このモデルを援用してみると面白いな、と思いました。

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