2008-10-02

傀儡后

傀儡后』(牧野修)を読みました。新古書店にて105円で売っているのを見かけて、衝動買いしてからしばらく積んでおいたものを消化した感じです。

全体の雰囲気は悪くありません。ただしSFだと思って読むとあまりサイエンス・フィクションではないので拍子抜けするかも知れません。まあ著者の作風を知っているならそういう勘違いも少ないでしょうが、本書はどちらかというとファンタジック・ホラーに属する作品ではないでしょうか。自然科学的に説明不可能なことばかりですし。

全体的にはおぞましく、心胆寒からしめる物語です。連載小説だったせいもあってか、各章は結構分断されていて、一連のストーリーとしてつかみにくいです。雰囲気や全体を統一するテーマ(おそらく「つながり」とか「皮膚感覚」といったところでしょう)は決して悪くないのですが、登場人物たちを描き切れていないような。

もちろんキャラクターは個性的に描かれています。ただし、丹念に書き込んで描くのではなく、既にある何らかの要素(SF的なガジェットや既存のテンプレートみたいなもの)を与えてキャラクター化する感じがしました。登場人物たちは数多く、それぞれに錯綜する思いを持っているのですが、登場するとすぐに死んでしまったり、しばらく登場しなかったり、いつの間にやらずいぶん違う人になっていたりします。整合性を求める読者には耐えられないでしょう(個人的にはマーシー・アナーキーと二人の護衛にはもっと活躍して欲しかった)。

日本SF大賞受賞作だそうですが、僕個人の感想としては、他の受賞作より少し物足りなく感じました。人それぞれでしょうけれども。物足りないと言うだけでは建設的ではないので、どうしたら僕がもっと満足できるのかを考えてみました。少しネタバレするかも知れません。

・この作品に登場する、五感を極限まで研ぎ澄ませるドラッグと、ロラン・バルトの言うようなモードの思想が上手くリンクできると面白い。つまり「衣服は人間の第二の皮膚である」「人間の肉体表面には既に自然なものなどない」といった思想とがリンクされれば、衣服によって人間は世界とつながっている、というところを掘り下げられるのではないか、と。

・この作品に登場する、全身の皮膚がゼリー化する奇病と前述のモードの思想ともリンクできると面白い。できればそれとドラッグとの関係をもう少し丹念に描いて欲しい。

・登場人物たちの思惑や関係をもっと丁寧に描いて欲しい。学園、若者集団、街の破落戸、暴力団、巨大財閥の長、親子、探偵などなど。

・隕石の墜落とエンディングにもう少しつながりを持たせて欲しかった。もちろん作中に書かれていることから僕が想像することはできますが。

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