2008-10-14

日本に古代はあったのか

日本に古代はあったのか』(井上章一)を読みました。

すごく単純に著者の主張を要約すると、「日本に古代はなかった」ということになります。一般常識として、邪馬台国や大和朝廷や平城京、平安京は一体どうなってしまうのだ、というと、これは中世であるというのです。普通の感覚だと、日本の中世は鎌倉時代くらいから始まった、と言うふうになりがちですが、そうではないというのですね。

これが身も蓋もない主張ではないことは、本書の中で詳細に述べられていますが、ユーラシア大陸の歴史の中に日本を位置づけると、どうやらその方が都合がよい、というのです。そもそも中世などという時代区分には色々な意味づけが可能ですが、土地と褒章の結びつきだとか、生産様式であるとか、法制度であるとか、色々な観点から論じられます。そこで、本書では律令制やら荘園制やら封建制やらを考察して、日本に古代はなかった、という事になっています。

それではどうして日本の中世は鎌倉幕府の成立からはじまったという一般常識があるのかというと、関東を中心にした歴史観を持ちたがった人が明治以降にたくさん現れたとか、東大の歴史学と京大の歴史学とでは異なった歴史観を持っていたとか、様々な理由が挙げられています。そのあたりは著者の文献収集によって誰がいつどう言ったかということを傍証にあげていますが、それを見ると、いかに時代背景が研究者の思考を限定しているか、ということがわかります。逆にとれば、研究者の思考がいかに時代背景を脚色するか、ともいえます。著者は京大に思い入れが強すぎるのではないでしょうか。

信じる信じないは別として、ユーラシア大陸の歴史という面で見れば、著者の主張は細部を詰めればとてもまっとうなものに思えます。中国史でいえば、漢帝国の終わりを持って中世に入ったとする主張もあるようですし。ヨーロッパ史と中国史が断絶していたものを一つにまとめ上げたのは宮崎市定ですが、その流れを汲んでいると言って良いでしょうし、それ以前の京大を中心とした学派の歴史観の流れにも沿っています。それにヨーロッパではゲルマン系やケルト系のところでは古代(ギリシア・ローマ帝国期)と言われる時代区分はなく、中世から有史が始まっているのが定説だそうですから。

著者も言うように、著者は歴史の専門家ではありません(何の専門家なのでしょうね? 今は風俗やら女性やらの研究家か何かなのでしょうか)。素人の思いつきとして書き上げていますが、とても知的な刺激を受ける本でした。ヨーロッパ史、中国史、朝鮮半島史、日本史、ベトナム史、モンゴル史、インド史などなど、別々に研究されているものを一つの整合性のあるものとして捉えようとしたときに、こうした視点はとても魅力的に映ります。

0 件のコメント: